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考え、迷って、ヨーロッパから中東へ飛ぶことを決めました


無事に郷土菓子の取材も終えて、バスク地方プロヴァンス地方アルザス地方を巡ったフランスの旅もついにおしまい。次なる目的地は、引き続きヨーロッパはルクセンブルクなのですが・・・

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・・・書き留めておきたいことが多すぎて、このままでは延々とこのブログも終わらない気がするので(苦笑)、ここからは特に印象的だった国や地域について抜粋して、更新していきたいと思います。

(飛ばした国や地域については、後々また改めてアップしていきます)


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・・・というわけで、フランスからルクセンブルク→オランダ→イギリスへと移動を続け、ヨーロッパの旅を終えた私たち。

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そして、記念すべきこの旅の20カ国目は、中東を目指します!


・・・と、その前に。

今からもう10年以上前、僕はエジプト→ヨルダン→シリア→トルコを巡る旅をしました。

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イラク戦争後ということで、もちろん十分な警戒は必要だったのだけど、常に混迷を極める中東情勢の中にあっては比較的、まだ旅はしやすい時期だったと思います。(上の写真は、シリアの首都・ダマスカスの様子)

しかし現在はというと、ご存知のとおり、シリアを中心とした広い地域が戦争・紛争の真っ只中にあるわけで、当然ながら本来であれば、中東は旅のルートから外した方が賢明です。


しかし、「世界の郷土菓子を巡る旅」をする私たちにとっては、中東を訪ねることは非常に重要な意味を持っていました。

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なぜならば、ヨーロッパのお菓子が伝わった中南米、スイーツ文化を世界中に広めたヨーロッパ……と、私たちはお菓子の歴史を逆引きするように旅のルートを辿ってきましたが、その終着点を求めると、なんと中東にたどり着くのです。

私たちが普段口にしているお菓子も、そのルーツを細かく遡っていけば、イスラム、アラブ地域の世界へと繋がっていくものも少なくありません。


そういった歴史も踏まえると、今回どうしても中東を訪ね、郷土菓子について現地で取材したいと考えていた私たち。特に、中東を旅することは、妻・あやの長年の夢でもありました。

しかし好奇心だけで、この時期に不用意に危険地帯へと突っ込むわけにはいきません。下手すれば、いや、下手しなくとも、命を落としかねない地域だから。

なので、旅に出る前から二人の間では、シリア・ヨルダン・イラクの3カ国には、今回は絶対に立ち入らないということを決めていました。そして他の中東の国々については、旅行中に情勢をみながら適宜判断…とすることに。

そしていざ、ヨーロッパを離れる時期が迫ってきたとき、私たちは、外務省の海外渡航・滞在情報はもちろんのこと、出来る限りの中東情報をかき集め、そして、イスラエルへと向かうことに決めました。

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ただし、中東で旅するのはイスラエルの一カ国のみ。

そして滞在期間は始めから、9日間に限定しました。

その他、在イスラエル日本大使館の場所・連絡先の確認や、緊急事態時の二人の約束事を改めて、事前に細かく決めておくことも忘れずに。


イスラエルなら安全かと言われれば、決してそうは言い切れないのですが、「過激派組織『イスラム国』」(「ISIS」、「ISIL」)やアメリカ、ロシアに対して取っている当時のイスラエルのスタンスから、パレスチナ問題まで、情勢を総合的に判断して、渡航を決意しました。

とはいえ実際、現地に行ってみないと本当のトコロはわからないわけで、出発直前まで、取材のためとはいえ本当にこれでよかったのか……と悩んだのも事実。

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そしていざ現地に着いてみると、体感としては治安は非常に落ち着いている印象。しかしそれは、街中に配備されている、機関銃むき出しの警官たちの抑止力によるものだということは、ひと目でわかります。

印象的だったのは、リスクを求めていることを仄めかしながら、嬉々としてイスラエルからヨルダンへと向かう日本人の若者が少なくなかったということ。(さすがにシリアへ向かうという人はいなかったが……十中八九、行っても入国できないけど、、、)


旅の出発前、僕が昔、シリアを旅した際の出来事を綴りましたが・・・

「旅する本屋」の、旅するワケ。


・・・あれから10年以上。

世界では、嫌というほど悲惨で、理不尽で、不条理なことはいくらでもあったはずなのに、それでも先進国で生存実感に飢えた若者は、やはり旅にはけ口を求めてしまうのかもしれないと思うと、ひどい虚無感に苛まれました。

気持ちは、すごくよくわかるのだけど、、、


シリアやヨルダンを一括りに危険地帯だとするつもりはないし、特にヨルダン政府がこのような状況下にもめげず、どれだけ観光に力を入れているか、どれだけツーリズムに頼っているのかもよくわかっているつもりです。

ただ、受け入れる側がどんなに努力をしても、旅人がその意に反するように、その国や地域ではなく、違うモノに旅の醍醐味を求めてしまうのであれば、こんなに悲しいツーリズムはありません。

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なんだかリスクについてばかり書いてしまうのもどうかと思うので、一応宣言しておくと、僕がこれまで旅してきた中で一番感銘を受けた地域は、中東です。特にヨルダンが大好き。

その理由についてまで書き出すと、キリがないので端折りますが、好きだからこそ、

「そんなトコロ、旅して大丈夫??」

「大丈夫だって〜。超良いトコロだから、行っておいでよ!」

……なんて軽率なキャッチボールは絶対にしたくない。

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これからイスラエルの旅の日記や、郷土菓子について順次綴っていきますが、そして表現には十分気をつけますが、このブログを読んで下さった方の中に、万が一にも中東を旅することのリスクに対して誤解が生まれないよう、今回、イスラエルへ向かうまでの経緯と迷いを綴りました。

考えたから、迷ったから、何事もなく旅できたというわけではないけれど、少なくとも、よく考え、よく迷うことは、中東に限らずこれからの旅でも続けていきたいと、個人的には思っている次第なのです。

ひでつぐ

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2 thoughts on “なぜ私たちは「中東」へ向かったのかを、ワケあって綴ります。

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