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「旅オタク」的、旅と家族と、郷土愛


おかげさまで無事に帰国した「旅する本屋」ですが、旅に出る前から、そして旅を終えた後も、時々友人に「本屋さん、始めたの?」…と聞かれます。

一応断っておくと、僕は本屋さんではありません・笑

本屋ではなく、編集者です。


ではなぜ「旅する編集者」ではないのかというと、旅をしながら創る本『SWEETS TRAVEL BOOK』を、世界一周しながら〈「世界の郷土菓子」の本棚 〉にどんどん追加していくことを、出発前から予定していました。

なので、なんかオンライン書店ぽいなぁということで、「旅する本屋」にしました。

でも、一番の理由は、「旅する編集者」だと語呂が悪いので、「旅する本屋」の方がいいかな、という安直な考えです。はい、我ながらちょっとイイカゲンすぎたかな、と思います。

 

・・・と、前段はさておき、本題へ。


「編集者」のシゴトは、裏方です。

編集にはいろんな定義があるけれど、僕は、モノ・コト・ヒトの目には映らない価値を、咀嚼し、引き出し、そして丁寧に伝えることが、編集者の役目だと思っています。


それは言い替えれば、編集者は一人ではなにもできないということ。

実際は僕は、一人ではなにもできません。


そんな僕にも、これだけは人に負けないと自信を持って言えることが、ひとつだけあります。

それは、旅オタクであるということ。

 

最近ふと振り返ってみて自分でも驚いたのだけど、これまで生きてきた33年の中で、旅をしなかった年は3~4年。

気づけば約30年、国内外問わず、毎年どこかの国や地域を訪ね歩いていたのでした。


そんな旅オタクの編集者である自分にとって、「世界一周する、旅するパティシエ」である妻は、まさに最高の題材でした。

パティシエがもつ知識や技術の専門性を借りながら、それぞれの国や地域の歴史・文化・風土を、「世界の郷土菓子」にフォーカスして、深堀りしていく。

それと同時に、旅を通じて、新しいパティシエのカタチを一緒に模索していく。

まさに、旅オタクの編集者冥利に尽きる、世界一周でした。

 

一方で、最も身近なところにいる「職人」が、結果としてパティシエだったというだけで、僕にとっての旅のテーマは、実は「郷土菓子」である必要はありませんでした。

「遺跡」だって、「工芸」だって、「音楽」だってよかった。

ただ結果として、今回の旅は、「食」がテーマで本当によかったと思っています。


世界各地どこを訪ねても、当然、そこには必ず「食」がありました。

そして、その国や地域の根っこにふれるためのヒントは、現地で暮らす人々の、最も身近なものの中にこそ、最も凝縮されているのだということを、実感したからです。


「 ”郷土”って、なんだろう?」

僕が旅の中で知りたかったことや、求めていたこと。

その多くを、「旅するパティシエ」を通じて、「世界の郷土菓子」が教えてくれました。

 

教えてもらったことは、『SWEETS TRAVEL BOOK』「旅の日記」で、これまでも綴ってきたし、これからも綴っていくつもりです。

一方で、そこに書くことはないけれど、もう一つ、「郷土」について考えたことがあります。

それを、この「旅のおわりに」の最後に、綴っておきたいと思っています。


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好きなときに、好きなところに行けるということは、決して当たり前のことではありません。


世界約196カ国。

内、日本のパスポートで渡航できるのは、170カ国。


これはすごい数字で、ヘンリー&パートナーズが毎年発表している「パスポート自由度ランキング」では、2017年、日本はアジアNo.1の、世界5位につけています。

もちろん、さまざまな国際情勢の歪みを鑑みれば、上位であることを安易に称賛すべきものではないのかもしれません。

しかし、いずれにしても、国際社会における「信用」が前提としてなければ、この数字を実現することはできません。


そんな日本のパスポートを駆使して、今回僕は、34カ国を旅することができました。

そして、その旅路の中で、自分でも意外な変化がありました。

 

世界一周の旅を始めた頃は当然、見るもの・聞くもの・ふれるもの、全ての興味と関心のベクトルは、訪ねた国や地域に向いていました。

でも不思議なことに、旅を続けていくうちに、段々と自分の「家族」のことを思い浮かべる時間も長くなっていきました。

いい齢こいてホームシックになったわけでも、旅に疲れて帰国したくなったわけでもありません。

国境を越える度に、移動を重ねる度に、思考の決して小さくない部分を、自然と「家族」が占めるようになったのです。

 

ここで、僕の家族について、少しだけふれさせてください。

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1928年生まれの、祖父。

戦前・戦中・戦後を知る、そして、日本の戦後復興期~高度経済成長期を支えた世代です。

戦時中、祖父はまだ少年だったので、赤紙が来ることはなかったものの、学徒勤労動員として川崎の造船所へと駆り出されることに。

終戦を迎え、実家の宮城に戻るも、ご存知のとおり、敗戦直後の日本は貧しさのどん底にありました。

三男坊だった祖父は、兄妹に迷惑をかけまいと家を出て、福島で就職。

「おじいちゃんの手は、なんでゴツゴツしているんだろう?」と、幼心に不思議に思っていましたが、工場での過酷な重労働によるものだということは、大人になってから理解しました。

そんな苦労を微塵も感じさせない、おおらかで好奇心旺盛な祖父。子供の頃だけでなく、大人になってからも、ちょくちょく一緒に旅をしました。


そんな祖父でしたが、2012年に他界。

生前、「一生に一度は沖縄に行ってみたい」と漏らしたことがありましたが、その夢を叶えてあげられなかったことは、今でも僕の心残りです。

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1947年生まれの、父。

戦後間もない混乱期に生まれ、そして日本の高度経済成長期~安定成長期を主軸となって支えた、いわゆる「団塊の世代」です。

海外への渡航が自由化されたのたのは、1964年。父が高校生の頃でした。

その後、父は大学まで進むも、当時はまだ“夢の新幹線”の時代。飛行機に乗って旅するなど、ほとんどの人にとっては夢のまた夢のことで、海外に高い関心を持っていた父も、その例外ではありませんでした。

会社員となり、猛烈に忙しい日々を送っていた父に、海外転勤の辞令が出たのは、43歳の頃。家族みんなで、オランダに移り住むことになりました。

オランダでも父の忙しい日々は続きましたが、6年間の赴任中、長期休暇に入ると毎年、ヨーロッパやアメリカ、アフリカと、家族を世界各地に連れて行ってくれました。

帰国してからは再び仕事漬けだった父が、定年退職を迎えたのは2年前のこと。ようやく自由な時間ができたと、国内外問わず、今も少しずつ旅を続けています。


そんなわけで、僕の旅オタクとなる素地は、間違いなく、父によって育まれたものです。

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・・・そして、1983年生まれの、自分はというと。

福島で生まれ育つも、父親の仕事の都合で、少年期はオランダ、イギリスで過ごすことに。このとき、旅好きの両親に連れられ、ヨーロッパを中心に世界各地を旅しました。

学生時代は東南アジア・中東・南米と、旅に明け暮れ、旅行情報誌の編集者になってからは、仕事では国内、プライベートでは海外を旅する生活。

そして今回の世界一周の旅で、気づけば、これまで訪ねた国は66カ国になりました。

 

「世界一周するなんて、すごいね」。

あくまでも会話の中での合いの手だとは思うけど、仮にその言葉を真に受けるとしたら、当然ながら、まったくスゴクないんです。

世界をぐるりと一周するだけなら、現代では、お金と時間さえつくれば、誰にだってできること。

たしかに、長期間の旅となると社会的なリスクを負うので、ちょっと勇気は必要かもしれません。

でも、祖父や父が直面した時代の壁、それを乗り越えるための覚悟、そして、それを支えた祖母や母の愛情。

それに比べたら、仮に、旅に出る勇気なんて声高らかに語った日には、鼻で笑われたって仕方ありません。

 

前述のとおり、日本のパスポートで渡航できるのは、170カ国。

好きなときに、好きなところに行ける時代です。


忘れてはいけないのは、陸続きの国とは違って、島国である日本が、わずか敗戦から70年、海外渡航自由化から50年ほどで、この数字を達成しているということ。

それは当然、僕の家族だけでなく、同じ時代に生きた日本人たちが、積み重ねてきたものの上に成り立っています。

その恩恵を享受できる時代に生まれたきた僕らは、単なる幸運の持ち主でしかありません。


旅は、人それぞれどんなカタチがあってもいいと、心から思っています。

でも、僕自身は今回の旅で、「放浪」や「武勇伝づくり」をしながら、自由人を演出するために旅を利用するようなマネは、絶対にしたくなかった。

そしてそれは、恵まれた時代を消費し続けてきた、なによりも自分自身を変えたかったからなんだなと、この旅の中で改めて、整理できたように思います。


我ながら、暑苦しいけど。


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世界約196カ国。

日本のパスポートを以ってしても、すべての国に行けるわけではありません。

もしくはこれから、もっと少なくなっていくことだって有り得ます。


右か左かではなく、好きか嫌いかでもなく、家族に思いを巡らせたときに自然と生まれる、郷土愛。

それを糧に、日本人として、日本のパスポートで、もっともっといろんな国を旅できる時代にしたい。

もし自分で訪ねることが叶わなかったとしても、将来僕の子どもがその国を訪ね、そして話を聞かせくれたら、きっとそれは、なかなか幸せなことだと思う。


世界一周の旅を経て、そんなことを考えるようになりました。

 


ツーリズムは、郷土の豊さのモノサシ。

旅は、人生の豊かさのモノサシ。


旅オタクであることの自負と、家族への感謝を忘れずに、僕の郷土である日本で、再び頑張っていきたいと思います。

ひでつぐ

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\世界一周を終え、カフェをopen/



4 thoughts on “旅の終わりに。ー 旅する本屋・鈴木ひでつぐ

  1. はじめまして。素敵なご夫婦のブログ少しずつ読んでいます。
    無事に日本に戻られて、しっかり足をつけて経験を形にしていくという姿勢、しかも自然体なのが素敵です。
    私は明日(今日)からメキシコ→キューバひとり旅。トリニダーまでの行き方などを検索していたらこちらのブログにたどり着いてました(*^^*)
    キューバに着いたらまず人に時間をたずねますね(笑)
    今、パッキングしなきゃ、という思いから現実逃避するためにずっとネットを見ています(;・∀・)

    旅は「放浪」や「武勇伝作り」じゃないという意見、すごく共感します。

    子供が小さい時は家族で旅しました、その後夫婦二人になってからは愛犬をホテルに預けては夫婦で旅しました。ですが愛犬が老境に差し掛かったためホテルに預けるのがかわいそうなここ数年は夫婦でかわりばんこにひとり旅しています。
    最近ひとり旅ってロケハンだなと思います。
    1人で旅してるんだけど日本にいる大好きな家族にこの風景見せたい、このレストラン今度一緒に来たい。
    オットと一緒に来たとしたらどういうプランにしようかな、と常に行動の先には家族がいる。私も暑苦しいです(笑)

    30年前、学生時代にオットと初めて行った海外旅行がカルカッタ〜デリーでした。
    可愛らしい奥様とおおらかなご主人のブログを拝見して、私達もいつか一緒に世界一周行くぞー!と思いを新たにしています。

    • micomico03さん

      はじめまして。コメントありがとうございます!

      今はきっともう、メキシコですよね。キューバに着いたら必ず「What time is it now?」で、よろしくお願いします・笑

      二人旅行だけでなく、かわりばんこで一人旅行、ステキな夫婦のカタチだなぁと思いました。旅オタクとして、とっても憧れます!

      そして、「常に行動の先には家族がいる」という言葉、すごく共感しています。遅ればせながら私たちも、今回の旅で、そのことを実感しました。

      一見不自由なように思えるけど、帰る場所があるからこそ、根を張っているからこそ、旅が豊かなものになるような気がしてしています。


      メッセージ頂き、本当にうれしかったです。
      micomico03さんのメキシコ→キューバの旅路が、今回もすてきなロケハンになりますように。

      これからもよろしくお願い致します!

  2. 英君の纏めの言葉素晴らしい!!これからも二人で楽しい充実した人生を送って下さい。私はいつでも二人の応援団です。

    • 太田さん、先日はありがとうございました!

      そして、いつも丁寧に読んで下さりありがとうございます。
      あやと一緒に、日本で頑張りまーす!

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