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精神病院に入るゴッホには、誤算があったという希望的観測

【day】95日目
【route】アヴィニョン→サン・レミ・ド・プロヴァンス→アヴィニョン


前回の「旅の日記」に綴ったとおり、世界遺産の街・アヴィニョンをがっつり見て廻ることができた私たちは・・・

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ここアヴィニョンから日帰りで行くことのできる、サン・レミ・ド・プロヴァンスという街へと行ってみることにしました。

……というのも、アルルでは、画家 フィンセント・ファン・ゴッホゆかりの地を巡る旅をしましたが、サン・レミも同じく、ゴッホが南仏で暮らした街の一つなのであります。

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アヴィニョンからサン・レミまでは、長距離バスで所要約40分、片道一人 €4.40 ≒¥541で行くことができます。

長距離バスターミナルは「アヴィニョン中央駅/Gare D'Avignon Centre」を正面に見て、左手側にありますが、やや雰囲気がよろしくないので注意が必要かも。

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バスはおおむね時刻表通りの運行で、あっという間にサン・レミの中心地に到着!

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変に観光地化されているわけでもなく、ナチュラルな街並みの可愛いさがとってもニクい! アルルアヴィニョンとプロヴァンス地方を旅してきたけど、街並みのキュートさにかけていえば、サン・レミが断トツでした。

加えて、とても小さい街なのだけど、ほどよく旅行者も多く、街全体に活気があって、ツーリズム先進国・フランスの実力を目の当たりにした気分。

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そして、これはあまり日本では知られていないような気がするのだけど、なんとここサン・レミは、あの「ノストラダムスの大予言」で有名な、ノストラダムスの生まれ故郷なのであります!

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しかも、生家が今も残っているということで、地図を頼りに細い路地をテクテクと歩いていくと・・・

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はい! こちらがノストラダムスの生家とされる建物です!

・・・名前がものすごく先行してるので、想像だけが変に膨らんでいたけど(笑)、どうやらごくごく一般的な家庭で育ったみたい。

そして彼自身は、占星術師としてだけでなく、医師、詩人としても活躍していたというのは、自分たちにとっては新鮮な驚きでした!

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ちなみに、ノストラダムスゆかりの地を巡るとしたら、残っているのは生家くらいなもので、あとは同じ通りに、ノストラダムスの胸像が彫られた「ノストラダムスの泉」あるくらいなのでした。

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なお、ここサン・レミはアルル同様、古代ローマ時代の遺跡群が遺る街として知られ、凱旋門をはじめとするグラナム遺跡が、この街の一番の観光資源となっているそうです。

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・・・でも、私たちが今回ここにやって来た目的は、あくまでもゴッホゆかりの地を訪ねること。

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なんといっても、ゴッホの代表作の一つである『星月夜』が描かれたのも、ここサン・レミですから…!

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・・・というわけで、真っ先に目指すは、ゴッホがサン・レミで暮らした場所。中心地から徒歩30分ほどの郊外にあって、正面に見える「アルピーユ山」に向かって伸びる一本道を、テクテクと歩いて行きます。

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ちなみにこの道の名は「AVENUE VINCENT VAN GOGH」……そう、「ゴッホ・ストリート」であります。

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道の所々にはこのように、ゴッホがサン・レミで描いた絵がパネルで設置されています。

アルルのように、実際の風景とゴッホの絵を対照できるようにはなっていなくて、残念だったのですが・・・
 

 『オリーブ果樹園』

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↓↓↓↓

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・・・というように、「もしかしてゴッホは、ここに画架を置いていたのかな?」と、想像させる場所に出くわすことができたりして、これはこれでなかなか楽しいのでありました。
 

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そんなわけで、30分の道のりを1時間近くかけて歩いてしまった私たちでしたが、無事に「サン=ポール・ド・モゾル修道院/St. Paul de Mausole」に到着!

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さて、どうしてゴッホがこんなところで暮らしていたのかというと……この修道院に併設にされた精神病院で、なんと彼は1年間の療養生活を送っていたのです。

ここでゴッホが過ごした時期が、1889年5月〜1890年5月。そしてパリ北西部にある村、オーヴェル・シュル・オワーズで自殺したとされるのが、1890年7月。

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そうここは、彼が愛した南仏の、最後の創作活動の場でありました。

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当時の修道院の姿を留めているのは、現在では修道院付属の教会と回廊付きの中庭部分だけ。精神病院も今はなく、見学することができるゴッホが過ごした病室も、あくまで再現されたものだそうです。

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そして、そのゴッホの部屋がこちら。もっとヒドい環境を想像していたけど、ベッドだけでなく机も置ける広さで、なによりも個室だったということで、なんだか勝手にホッとしました。

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しかし、向かいの部屋に入ると、そんな思いは覆されることに。当時病院で使われていた器具などが展示されているのですが、右が車イス。そして左は、なんだかわかりますか…?

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そう、これは風呂釜なのです。しかし、ただの風呂釜ではありません。衝撃的なのは、その使い方でして・・・

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・・・このように、患者が暴れぬように身体を固定して、頭からお湯を浴びせる。流れ込んだお湯が風呂釜に溜まるので、それで入浴完了…。

資料を読むと、当時の精神病院は患者の人権が尊重されていたとはいえず、ゴッホもここで屈辱的な体験を強いられていたであろうことを思うと、いたたまれない気持ちになります。

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なんともいえない切なさを覚えつつ、ゴッホが病室からいつも眺めていたという、裏庭にも下りてみることに。

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するとそこには、しっかりと手入れのされた花畑が。

そう、これは・・・

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・・・ゴッホがサン・レミで好んで描いた『アイリス』

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さらに、修道院の横の敷地に広がる草原に行ってみると・・・

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…ん? なんだか見覚えのある風景のような??

そう、これは・・・

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・・・『山々の中の草地』! 手前の風景は変わってしまっているけど、アルピーユ山脈を捉えた角度はまさにここ。

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ちなみに、茂みの中を分け入ってみると、なんと描かれている家とそっくりのフォルムの建物を発見…! 真偽のほどはわかりませんが、ちょっと感動的でした。


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・・・そうなんだ、こうやって修道院の周りを歩いていて、思い出した。

ゴッホの病院での暮らしを想像して、勝手に暗い気持ちになっていたけど、彼がサン・レミで描いていた作品はどれも、明るいものばかり。

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特にサン・レミに来てからの変化の一つといえば、普通なら見過ごしてしまいそうな、局所的で、瞬間的な、「光」を描こうとしたという点。

一見すると、なにを描いているのかわからないようなサン・レミの風景を、彼はなぜ切り取ったのか?……ずっと不思議に思っていたけど、それもここに来て、ようやくわかった気がする。

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アルルの「街」にあったものを、隔離されることとなったサン・レミで失ったゴッホ。でも、彼が何よりも魅かれた南仏の陽の光だけは、ここサン・レミに変わることなく燦々と降り注いでいました。

いや、山とオリーブ畑に囲まれたサン・レミでは、アルル以上にその眩しさを感じていたはず。

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その光の中で、今まで見えていなかったものを、足下にふと、見つけることができたということ。

それはきっと、屈辱としか思えなかったサン・レミでの暮らしにおいて、彼にとって最大の誤算であり、喜びだったのではなかろうか。

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そんなの、この地を去ったゴッホが2ヶ月後に亡くなる事実を知っているからこその、希望的観測だろうと自分でツッコミを入れつつも、この眩しい草原の中に立っているとやっぱり、いや、きっとそうだったはず…と思えてならないのでした。

ひでつぐ

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