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いつか住んでみたいなんていうのは、夢のまた夢なのは百も承知ですが…

【day】94日目
【route】アヴィニョン


前回の「旅の日記」に綴ったとおり、プロヴァンス地方はアヴィニョンへとやって来た私たち。

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アルルはイメージ通りの “南仏の田舎町"…といった様相でしたが、ここアヴィニョンは古い街並みを残しつつも、なかなか都市化が進んでいるようです。

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ちなみに、愛犬家の多いではフランスでは、パリを中心に「街を歩けば犬のう◯ちだらけ」…なんて言われてるのは有名な話しで、実際、10年以上前にフランスを訪ねたときは、噂どおりだな〜なんて感じていたのですが・・・

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これにはフランス政府も問題意識は持っていたようで、犬のう◯ちを回収する袋を無料提供する公共サービスが、街中で展開されていました(笑)。ご丁寧に、回収方法がイラスト化されてる!

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そんなわけで、キレイで歩きやすい街・アヴィニョンですが(笑)、どんな歴史を辿ってきたかというと・・・

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古代ローマ帝国の主要都市として栄え、諸侯領時代を経て、世界的に知られる「アビニョンの橋」が建設された12世紀には、十字軍を率いたフランス王 ルイ8世によって占領されました。

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その後、フランス革命を経て教皇領となったアヴィニョンは、“キリスト教世界の首都” としての機能を果たすことに。

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街には当時の建造物が数多く残っていることから、「アヴィニョン歴史地区:教皇宮殿、大司教座の建造物群およびアヴィニョン橋」として、1995年にユネスコの世界文化遺産に登録されたのでした。

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・・・とういわけで、早速あの有名なアヴィニョンの橋へと向かいたいところですが、まずはこの街の歴史の中心となった「アヴィニョン教皇宮殿/Palais des papes d'Avignon」から。

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ここ教皇宮殿は、その名のとおり、当時教皇が住んでいた宮殿です。撮影禁止のところが多かったのですが、中の造りといったら、そうれはもう豪華絢爛!

いくら教皇とはいえ、とても聖職者が住んでいたところとは思えないのだけど、それもそのはず、“キリスト教世界の首都” なんて聞こえはいいけど、そこは世の常、覇権&利権に争いに塗れていました、、、

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当時フランスとローマ教皇庁は対立関係にあり、絶大な権力を誇っていた教皇を事実上の支配下に置きたかったフランスは、教皇庁の移転を要請、これに成功し、アヴィニョンを座所としました。

このローマ教皇の座がローマからアヴィニョンに移されていた期間(1309年〜1377年)は、バビロン捕囚になぞらえ「アヴィニョン捕囚」と呼ばれ、この時期の教皇はなんと、全てフランス人だったのだとか!

ちなみに、アヴィニョンの歴史地区がまるで城砦のように城壁に囲まれているのも、こういった経緯があったからなのだそうです。

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こうなれば、当然ながら内部腐敗が進むわけで、“アヴィニョン教皇” たちは権力の傘の下で贅の限りを尽くしました。

これに対して批判はどんどんと高まり、ついにはローマとアヴィニョンにそれぞれローマ教皇が立つ「教会大分裂」を引き起こすこととなってしまったのだとか。

・・・というわけで、かつてのアヴィニョンは、とんだ “キリスト教世界の首都” だったのね……と、やや盛り下がる史実を知ってしまったわけですが(笑)、気を取り直してついに「アヴィニョンの橋」へ!

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・・・でも、待てよ? 「アヴィニョンの橋」というより、知っているのは童謡『アヴィニョンの橋の上で』…の方なわけで、そういえば実際どんな橋なのか、全く知らない!

おそらく世界で一番有名な橋の一つであろう、アヴィニョンの橋。さて、一体どんな姿をしているのかというと・・・

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・・・こんなお姿でした!

正式名称は「サン・ベネゼ橋/Pont Saint-Bénézet」。1177年から1185年にかけて建設されたこの橋は、当時リヨンから海へ出る唯一の手段として、スペイン〜イタリア間を往来する多くの商人や巡礼者が利用していたそうです。

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長さ920m・幅4m、そして22連のアーチから成る、現代であってもなかなかお目にかかることのできない、それはそれは巨大な石造りの橋なのであります!


ん? 22連のアーチ??

・・・と、一枚目の写真ですでに気付いた方もいらっしゃると思いますが、そう、現在残っているアーチはわずか4つ。フランス王 ルイ8世による侵攻の際に、なんと橋の4分の3は破壊されてしまったのだとか、、、

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こうやって上から眺めるとよくわかりますが、ローヌ川に架かってはいるものの、もはや対岸まで橋は届いておりません、、、

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手前の中州を中継して、約1km先のヴィルヌーヴ=レザヴィニョンという対岸の街まで橋が架かっていたというのだから、もし残っていたとしたら、今以上に有名な橋になっていたでしょうに、、、

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ちなみに、今は亡きアヴィニョンの橋の全貌は、中世の地図で確認することができました。ローヌ川の洪水で度々破壊されていたようで、描かれている橋も一部壊れているご様子、、、

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なお、アヴィニョンの橋は遠くから眺めるだけでなく、なんとこんな風に、今でも橋の上を歩くことができます!

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さすが世界でも最も有名な橋……橋の上は世界各地からやって来た観光客でいっぱい!

・・・でもこの橋、誰も対岸まで “渡る” ことはできないわけで、結局端っこまで行って、自分たち含め全員引き返す姿を眺めていると、なかなかシュールで笑えました(笑

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しかも、入場料は一人 €13.50 =¥1,660!!爆

ただし、前出の「アヴィニョン教皇宮殿」との共通券であったり、橋の袂には、中世期の橋の様子と当時の風景を映像で見られる資料館があったりと、結果としては満足なのでありました。


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・・・というわけで、世界遺産の街を楽しんだ私たちではありましたが、正直、建造物や遺跡は、感銘を受けた!…というほどのものではありませんでした。

でもなによりも、こんなトコロにいつか住めたらいいのにな〜……と心底思わせる、本当にステキな街なのでした。

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歴史を感じさせる街でありながら、そして緑豊かな街でありながら、それを邪魔しない程度にほどよく都市化も進んでいて……そのバランス感が絶妙なのです。

それに加えて、地元の人たちと妙にウマが合ったのも、この街に魅かれた理由の一つ。

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宿泊先のお人好しホストに、

マクドナルドで出会ったアニメ好きの青年に、

パティスリーでお菓子の解説が止まらなかった世話好きおばちゃん、などなど・・・

・・・こんなにも自然に、こんなにも地元の人たちと話しができたのは、アヴィニョン以外の街で他になかったと思う。

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なんだか波長が合う!…なんていったら、カッコつけすぎなのは百も承知だけど、

いつか住んでみたい!…なんていうのは、夢のまた夢なのは百も承知だけど、

妙に居心地の良さと、人の温かさを感じた街、アヴィニョンなのでありました。

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2 thoughts on “[世界遺産]アビニョンの橋の上では踊らなかったけど、心は踊ったよという話。

  1. アヴィニヨンの素晴らしさが文章と写真でよく伝わりました。

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