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いよいよサンタ・クルスから、アスンシオンへ、24時間移動

【day】28~29日目
【route】サンタ・クルス→アスンシオン

 

前回の「旅の日記」に綴ったとおり、世界で最も標高の高い都市・ポトシから、隣国パラグアイはアスンシオンを目指す私たち。

まずはポトシからサンタ・ クルスへ19時間かけて到着。その後、次のバスの出発まで12時間の待機が必要ということで、サンタ・クルスの中心部へ繰り出すも、それはもう踏んだり蹴ったり…。
 

悲しいかな、ここまでは大きくは4つのトラブルに遭遇してしまったわけですが・・・

※詳細は、↓前回の日記を参照のこと…
ボリビア→パラグアイ。人生で最も過酷な58時間移動~前編~
 

・・・後半戦はついに「南米一の悪路」といわれる、サンタ・クルス→アスンシオン間の移動です。

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PM7:00、バスはおおむね予定通り出発。
 

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しかし不安なのは、「南米一の悪路」といわれるルートを乗り越えられるとは、到底思えないバスだということ。今まで南米で乗ったどの長距離バスよりもオンボロです…。
 

そんな心配をよそに、バスはなかなか快調に飛ばしていきます。

…が、さあ、やって来ました、「南米一の悪路」

体は常に、座席でバウンド状態!
油断すると、舌を噛みそうになる…!

 

そんな延々と続くクレイジー・ロードを経て、夜中にはボリビアの出国手続き、朝方にはパラグアイの入国手続きを、それぞれ1時間弱かけて完了。

特にボリビア側のイミグレーションは、雰囲気の悪さはなかなかのもの。乗客は皆、入国審査官の機嫌を損ねないよう、ただ大人しくすることに努めているのが、ヒシヒシと伝わってきます。

特にアメリカ人男性は、自国のパスポートが中南米で大変嫌われていることをよく理解しているようで、他の乗客よりもより存在感を消そうと、必死になっているご様子。

極めつけは「日本のパスポートはいいよな、交換してくれよ」と、夫に冗談まじりの愚知をこぼしてくるのでした。たぶん、過去に相当痛い目にあったのでしょう…。
 

それとは別に、パラグアイ側の国境付近では検問も。すべての乗客の荷物を地面に一列に並べ、それを麻薬探知犬がチェック。完了すると、今度は厳つい銃を抱えた警官が、一人一人の荷物の中をチェックしていきます。

夫は使い捨てコンタクトレンズが疑われ、これはなんだと迫られるも、当然あやしいモノなど持っているはずもないので、すぐに解放。しかし、散々バックパックをの中身をぶちまけられて、さっさと去られると、なかなか悲しいものがあります、、、


・・・そんなわけで、さすがにのんきに写真なんか撮っていられない、緊張感あふれるエリアを脱して、再びバスに乗りっぱなしの時間へと突入。

さらりと書きましたが、ここまでで大体12時間の道のり。国境越えで夜もろくに眠れず、ここからさらに12時間走り続けるのかと思うと、発狂しそうになります。
 

そんな中、恐れていたことが現実に・・・

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トラブル Vol.5

はい、バスが故障しました…。

同じ会社のバスが2台、縦に並んで走っていたのですが、先頭の1台が故障。それを修理するため、私たちが乗車しているバスもストップ。
 

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シスターが、祈るわけでもなく、ただひたすらに上から下から修理の様子を夢中で眺めているのが、なかなかシュール。
 

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ドライバーがバスの下にもぐり込んで、本格的に修理しているのには感心。でも、どうかこのバスを、もう二度と24時間移動には使わないで下さい、、、
 

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だって、こんなところで野宿とか、イヤでしょう…??
 

…と、1時間ほどかかったものの、なんとか無事に、修理完了。気を取り直して、再び出発!

さて、当初の予定ではあと2時間ほどでアスンシオンに到着するはずだけど…? ここまで来ると、もはや2時間なんて本当にあっという間に感じられるので、自分たちの感覚としては着いたも同然です!


同乗者で、なにかと私たちを気にかけてくれるエクアドル人男性に、所要時間を確認してみると…

「あと5時間だよ!」(苦笑)

「・・・え?」
 

いやはや、さすがにこれはショックが大きい…。24時間移動と聞いていたけど、結局27時間近くかかるということですね…!

長時間座りすぎて(…というよりも、バウンドしすぎて)、足も、腰も、お尻も、もうガチガチ。さらに、持参のドリンクも尽きてしまい、飲めるものといえばバス備え付けの古く汚いポットから出て来る、ヘンな白いカスが浮いた水のみ。

のどの乾きが極限に達すると、人間というのは、それでも水分を摂るものなのです…。


そして、あと5時間という衝撃の事実を消化する間もなく、容赦なくさらなるトラブルが発生…。

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トラブル Vol.6

今度は窓から大量の土埃が入ってきて、乗客を苦しめます。「窓、閉めればいいんじゃん」と思われるかもしれませんが、クーラーが壊れているので、窓を閉めると車内はサウナ状態になってしまう…。

そこで妻がとった対策が、これ。

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「目はメガネ、鼻&口はハンカチ…でブロック」
 

夫がとった対策は、これ。

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「睡眠」

いや、確かにどこでも寝れる人だったけど、この状況で寝れるって、さすがに一周して心配…。夫本人も「自分でもビックリした」と、後に語っています…。

まぁ、でも、着ているT-シャツが全てを物語っているような気もする、、、


・・・とはいえ、そんな夫もついに眠れなくなり、「今度こそ、本当に気が狂いそう…」と、弱音を吐き始めた頃。すっかり日も暮れた真っ暗闇の景色の中に、次第にポツポツと光らしきものが…。
 

ここか?

ここがアスンシオンなのか?

いや、アスンシオンであってくれ!

頼むーーー!!!!!!!!!
 

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PM10:30、パラグアイはアスンシオンに到着しました…!


2日前のAM12:30、ボリビアはポトシからの出発まで遡れば、ここまで 58時間

はい、バスを降りた瞬間、もう本当に、二人で泣き崩れそうになりました…。
 

とっくに限界を超えている私たちですが、しかし、残念ながらまだ安心はできないのです。なぜなら、今夜の宿を確保できるか、まだわからない…。

観光業が発展途上にあるパラグアイでは、旅行者向けの宿はまだまだ少なく、その上、私たちのバスの到着が夜だということもあって、2日前にメールで、日本人が経営する宿「ペンション・アミスタ/PENSION AMISTAD」へ宿泊のお願いをしていたのです。
 

…が、ここまでの道のりに当然Wi-Fi環境などなく、宿泊可否の返信メールを確認することができず、さらに、事前に伝えていた到着予定時間も大幅に遅れているという状況。

場合によっては、門前払いも覚悟しなければ…と、不安な気持ちを抱えたままタクシーで向かうと・・・  

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「待ってたよ〜」と、日本語でお出迎えが…!

今夜の寝床を確保できたこと以上に、緊張と疲労のピークの中、日本人に出会えたことの圧倒的な安心感に、おもわず、うるるっ。

しかも、なんとこのご主人、私たちのことを心配して、一度バスターミナルまで様子を見に行ってくれていたのだとか。さらに、普通だったらそこで会えなかったならキャンセルと判断してよさそうなものだけど、私たちを心配して、ご夫婦で起きて待っていてくれたのです…。

心から安堵して、その夜は気絶するように、久しぶりにきれいなシーツの中で眠りに落ちた私たち、、、
 

そしてさらに、トドメの癒しが、翌日の昼に宿の女将さんに作って頂いた、この日本食…!!

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ラーメン…!!
 

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冷やし中華…!!


決しておおげさではなく、これまでの人生の中で食べたラーメン&冷やし中華の中で、間違いなく、一番感動的。この味はもう、一生忘れることはないでしょう…。

そしてその味と共に、このご夫婦に対するご恩も一生忘れないようにしよう。…醤油ベースのスープを必死にすすりながら、そう心に誓う二人。


一方で、今回のルートを「これまでの人生で最も過酷な移動」に認定し、この日記で綴るのを最期に、もう二度とあの悪夢を振り返らないことを、夫婦の約束に加えたのでした。

さようなら、ボリビア→パラグアイ 国境越えの58時間…。
 

おしまい

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\世界一周を終え、カフェをopen/



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